Dairy volume4 in USA

July 30, 2004

 ほんとに時間の経つのは早い。 またしても 学校の1セッションが終わる時期になった。 このクラスが6週前にスタートして、 毎週毎週少しずつ 人数が減っていった。 わたしも途中を旅行で空けたりしたけど、そういうふうに バケーションをとる生徒や自分の契約期間を終えた生徒、 大学に編入していく生徒など、理由は様々。 そして わたしもとうとう学校を終えた。このクラスに来るまで本当にクラスメイトと先生に恵まれたので こんなふうに ぱらぱらと分散していくと寂しさが倍増する。 あの環境であの授業を受けることはもうないのかと思うととても残念だ。   

 さて、この後はこの近辺を散策しようと思っている。 だんなも来るし、クラスメイトとも色々行きたいところを検討中、ローカルの友達も夜以外のローカルポイントを教えてくれるって言うし。 お金の問題もあるから どこかへ旅行っていうわけにはいかないけど それでもほんとに行くべきところが近くにたくさんありすぎて困ってしまうほどだ。 

 もちろん勉強もします! いままでの復習と いくつか公共のレクチャーを受けることにしている。 内容はおもに ワシントン州の歴史とかそんなかんじのを探してみている。街の図書館のなかのスペースを使うような個人まりしたものや 友達のつてで 会社用のセミナーみたいのもいくつもり。 アメリカの歴史というのは他の地域と比べたらほんとに浅いのだけれど それでも 今のアメリカがどうしてこうあるのか理解するにはとても重要な情報だ。その情報は 今まさに わたしのような外国人にというよりはアメリカ国籍をもつ人たちが ことに必要としている。‘世界一自由の国’、まだ11歳のリンジーでさえ胸を張ってなんの迷いもなくそういう。 でも ブラックの友達はこういう、アメリカは永遠にアメリカ、根底の差別はなくならない、ブラックにとって働く自由は獲得できても、本当の意味で住むための自由は永遠に得られない。 そしてさらにネイティブアメリカン(インディアン)の歴史を知っていくと 現在 一般的に世界をリードしているといわれているアメリカが どんな物体なのか 少しずつ理解できる気がする。 

わたしは エンターテイメント的な方向からアメリカひいきだ。で、ここにきたけど、根本的にここに来てからcaucasian の考えかたに 同意できたり共感できたりすることは少ない。 よっぽど ブラックのいう 合理的という意味でアメリカが好きというほうが近い。 本当の意味で精神的な安らぎの得られる国になるには やはりまだ 国として若すぎるのではないかと思う。 でもわたしはここが好き。 良くも悪くも活動的だし ここの広大な土地は まだまだ広大で荒削りな自然も残していて なんだかパワーを与えてくれるかんじ、、、とくにここワシントンは美しい。 

ここにいると どんな土地にどんな環境でどんな肌の色で産まれて 何を見て何を聞いて育つか 人は誰も自分で選べないということが 非常に大きい事に感じる。 混乱させられる。 理想の国はどこなんだろう?  そんなものなんてどこにもないから 歴史という授業がなりたっているのかもしれない、、、、と思う。 あーーー勉強しなくちゃ! 


July 25, 2004

  今週末はとくにすることもなく 週中にけっこう活動的だった分 のんびりしている。 日本もかなり猛暑らしいけど、こっちも日中はほんとに暑い日が続いている。 なんとなく食欲がうせてきている。 これはひとえに暑さのせいとも思えないけれど なんといっても冷たい麺が食べたーーーい!!! うどんやそばは 買おうと思えば買えるんだけど やっぱりなんか味が違う。めんつゆもちゃんと売ってるから 何が違うのかわかんないけど なんか違う。 それに ひとりで作って食べる気にもなれなくて。 アメリカ食に疲れてきているのもあるのかもしれないけど、やっぱり 同じものをおいしいと共感できる人と食事がしたいと 思いはじめている・・・。 そう、なぜか 母来米に触発されて ホームシックが日増しに強くなっている感じ、まわりの人は誰も信じないけど。 十分忙しく楽しくやってるからね! 

そうそう 食欲がないとかいって やっぱりこっちに来て体重がどっと増えたみたい。 3〜4kg。 私の場合 増えるのはそんなに問題じゃないんだけど 持ってきた服がきつくなってくるのは困る。 そして先日とうとうジーパンのひとつが切れた!!! それも おしりのとこ!!! もともとぴったりに履くタイプだったんだけど ストレッチにもかかわらず切れた!!! ここではジーパンは制服みたいなもんだから しかたなくかわりを探しにいった。 なんといっても貧乏学生だから セール品をさがしまわって12ドルで購入、それでも思わぬ出費だった、、、。 

こっちは基本的に洋服は安い。 いわゆる世界的に名の知れたブランド物はほぼ同じ値段だけど。 でもって 多少の流行はあるものの どんなかっこもまかりとおる。 だから みんな安く買った服をリメイクとかして楽しんだりしている。 ビッキーは洋裁も得意で 私でもできる簡単なリメイクを教えてくれた。 Tシャツのすそをカットしてフリンジを作って そこにビーズを通して飾っていくっていうもの。 ぜひ みなさまもお試しあれ。   

 


July 20, 2004

 暑い!!! このところ毎日とても暑い!!! もう面倒で全然換算してないんだけど93Fから96F 毎日マークしている!!!たぶん35度あたり? たしかに湿度は低いから太陽があたらなければ涼しいともいえるんだけど、この日差しはなんなんでしょう・・・。ほんとに日差しが痛い!そんな日差しがほぼ 朝の10時から夜の8時までは確実に差していて、いわゆる日暮れの優しい陽が8時から10時の2時間しかない。 

 そんな気候もあって、 夏休み中のリンジーは ゆっくり起き出し 家の中でTVやPCで遊んでいて 私が帰る頃 庭の水やりや 犬の散歩などをしている。 で、どの家も 親が仕事から帰ってくると そこから プールや川、湖などに出かける、週中でも。 そんなわけで 私たちも今週は家のジャグジーに飽きて 川へ行ってきた。 ポートランドと続く山々から流れてくる川なので水は決してあたたかくはない、でもとてもきれいでそんなに深くないので 子供たち同士でも遊んでいたりする。 リンジーと私は浮き輪をもって 川上で車から降ろしてもらい 浮き輪に座って 離れないように手をつないで 40分近く 川下まで流れ下っていった!!! すごーく気持ちよかった!!! 流れのはやいところはスリルがあるし、たくさん岩のあるところは小さな滝みたいに段差があっておもしろかった。 一回すごい浅いところで小岩がいっぱいあって おしりをすったけど、、、それに一回は二人で離れそうになってひっくり返ったし、、、でもとにかく全くの自然の中に入れて気分が良かった。なんか動物がでてきてもおかしくない風景だった。 

 風下でビッキーとその友達が待っていて サンドイッチを食べた。 日が暮れると さすがに風が冷たかったけど、9時半までのんびりした。 でも帰ってからは明日までの宿題にひーひーだったけど・・・。夏休みなのはリンジーだけ・・・。


July 17, 2004

 今日は 友達に誘われてネイティブアメリカン(いわゆるインディアン)のフェスティバルに行ってきた。 ワシントンはネイティブアメリカンが多く住んでいるらしい。 ネイティブが多いといわれても なんとなくシアトル周辺ばかりを考えてしまいピンとこないのだが、ワシントンといっても広い。 東側は アイダホと隣接していて、いわゆる内陸の砂漠地帯だ。 シアトルの北西部にある ディスカバリーパークというところで あった。 中央部では年齢別にインディアンダンスのコンテストが開催されていて、おのおの伝統衣装を着て子供から大人までみんなが音楽に合わせて踊っていた。詳しいことはわからないけど ネイティブの血が入ってる人は申請すると政府からお金がもらえるらしい。 このあたりのカジノは彼らが経営している、友達のはなしでは けっこうお金もちが多いのではということだった。

 帰り道でシアトルセンターの バイト オブ シアトルというフェスティバルに立ち寄った。 世界各国の料理の屋台が出てるということだったけど そんなにいっぱいには感じなかった。 人がいっぱいだった。 このところ 少し蒸し暑い日が続いていて、 今日は歩いていて汗をかいた。 

 友達のアパートに帰ると 最近このアパートの近くに越してきた元クラスメイトから留守電が入っていて遊びに来ないかということだった。 行ってみると台湾人がたくさん集まっていて めずらしい料理を作ってくれた。 お酒もごはんもたくさんご馳走になった。 このアパートエリアは学校に隣接しているので学生がいっぱい住んでいる。 他の友達の部屋では 韓国人の生徒が集まって帰国する友達のお別れ会をやっていた。 それにしてもアジア人は料理が上手。アメリカ人ももっと料理すればいいのになあ・・・。 


July 10, 2004

 今日はぼーっと過ごしている。 昨日 母がとうとう帰ってしまった。 やっぱり 空港でじゃあねと別れた後、無償に寂しくなった。 日本を離れるときほどではないけれど やっぱり一人になってしまったって気がする。 ここの事情はもちろん私のほうが知ってるけど やはり母と久々に会って、母から学ぶことは一生あるのだなと 実感した。 私はもしかして自覚している以上にアメリカナイズされているかもしれない、良くも悪くも・・・熟考すべき点である・・・。 さて、わたしはさておき 母はリスニングの練習がすごい出来たといって帰っていった。 最初は分かりにくかった表現や発音も かなり慣れたと言っていた。 たしかに日常会話というのは 十人十色で 使い方も発音も微妙に違ってくるから大変なのだ、人を理解することも含まれる。 よっぽどTVのドラマのほうがスラングでさえスタンダードなので簡単に聞けるときがある。 

 最終日の夜はビッキーの親友で私も大好きなシェリーと一緒にご飯を食べた。 シェリーのお勧めで 東京ステーキというレストランに行ったんだけど いわゆる鉄板焼き屋で 肉やシーフードなど注文したものを 目の前で焼いてくれる。 そのパフォーマンスがエンターテイメントの国アメリカそのもので、 若いお兄さんが喋りながら 火を急につけたり 卵を投げたりしながら料理していく。 とても楽しかった。 その上おいしくて安かった。 だけどお兄さんいわく 名前とはうらはらに 従業員に日本人はいなく ほとんど韓国系だそうだ。 まあ、アメリカ人にとってアジア人はみんな一緒だからいいんだろうけどね。  




Jul 8, 2004

 NYのあとは 母とシアトル観光にいった。ちょうど 友達のTが日本からやってきていて ほんの少しだけ会うことが出来た。 彼はこっちの大学を出ていて英語はぺらぺらだし、日本語でも会話のセンスがいい。 会ったときから ある意味私の目標みたいな存在。 今回は 大学時代の友達を訪ねて アメリカを横断するらしい。 最初の場所がここシアトルということで連絡をくれた。 忙しい日程のなか 彼の友達とその彼女も一緒に会うことができた。とてもすてきな人たちで また会う約束をした。 

 母とは シアトル美術館(SAM)に行き オイスターバーで食事をしダウンタウンの中心を散策した。 翌日には ワシントン大学周辺から 中心へもどり もっとも有名なパイクプレイスマーケットへ。 そこで偶然その日が休みだったローカルの友達と合流して散策した。 お約束どおりに 市場で花束を買い、魚屋さんが魚を投げるのを見て、スタバ1号店でラテをゲットした。 

 ところで余談ですが、ノースシアトルの道にはいまいち詳しくない私は 母を案内しながら道に迷い、今まで行きたかったけど行けなかったところにいくつか行けてしまった。( その一つに グリーンレイクという湖があったんだけど、そこは ウィンドのレンタルショップがあると聞いていた。 迷っている最中は運転に必死でそこがグリーンレイクだとは気づかなかったんだけど、その周辺で こっちへきて初めてウィンドサーフィンメーカーの看板を見つけた! 雰囲気的に週中はしまっているのかなって感じだったので 立ち止まらなかったけどなんだか ほっとした。 ははは! グリーンレイクは見た感じとても穏やかそうでスクール向きに見えた。 ただ夏になってからは 毎日スラローム程度の風は吹いているので ここでも 多少遊べるかもしれない。 とにかくウィンドサーフィンとまったく無縁の街じゃない証拠がみれて安心した・・・。

 

 


Jul 6, 2004

 NYでの日々はあっという間にすぎた。昨日はメトロポリタンミュージアムからスタートしてその周辺を歩き セントラルパークを横切ってアップタウンを観てまわった。 カーネギーホールとか有名な建物がいっぱいで町並みはとても美しい、、、これで道がきれいなら完璧なのに。 それにしてもセントラルパークはマラソンする人でいっぱいだった。貯水池のまわりを走る方向が決まっていて みんなガシガシ走っていた。

 5番街はいわゆるブランドショップが立ち並び観光客であふれていた。 わたしはあまり興味がないのでちょっと4thへ行ってみたら こちらも決してブランドショップがないわけではないのに ぐっと人は減り、なんとマシンガンを持った警官二人と出くわした! こんな近くでマシンガンを見たのは初めてで 最初は映画とかの撮影かと思った。 けど 道の向こうに警察犬を連れた警官と何人かほかにも警官がみえたので これはちょっとうそものではないなと思ったから さっさとその場を離れた。 マシンガンはやっぱり重そうだった、長いし。 っていうか ここ、NYはそこらじゅうに警官がいる。 ガードマンと間違えるくらい。仕事内容もガードマンみたいなこともやってるし。

 最後の夜は 母のおごりで日本食レストランに行き、久々にすばらしく丁寧で親切な接客をうけ、ホントに日本にいるような雰囲気の中で おいしいお寿司を食べた! すばらしいレストランだ! でも 久々の100%日本語の対応にすごい戸惑ってしまった。 嫌味にきこえないでほしいんだけど、ほんとに日本語を100%使えて まったく日本みたいな環境なんて たとえ日本人の友達といても この3ヶ月一度も経験していないから どんなにつたなくても英語をつかわなくちゃって 頭が自動設定されてることに気づいた。ほら、母国語を使うことを禁止されてた捕虜が開放されたときってかんじじゃない?というわけで 帰りはミシガンを経由して帰ってきた。 

 


Jul 4, 2004

さてNYにきて 3日目。今日はなんといっても 独立記念日! 朝からなんとなくどこもかしこも ワサワサとした感じ。

ところで昨日は お決まりのコースで一日中歩き回った。 まずは自由の女神、そして ダウンタウンのフリーマーケットをのぞいて、グランドゼロへ。途中途中の教会や建物を見ながら チャイナタウン、リトルイタリーをぬけ、ホテルにもどって、夜はミュージカル‘シカゴ’を観にいってきた。 あまりにもいろんなものを見たのでコメントをまとめられないんだけど、グランドゼロはとても印象深かった。 あのテロからもう3年が経とうとしているのに いまだにあのテレビで見たシーンがはっきりと思い出せる。 あれが本当に起こったところかと思うとぞっとした。 こんなに人がいて車が走っている、そんなNYの状況を体験してみるとその恐怖心は倍増した。 学校でもなにかとアメリカのテロのことをならったけれど 解決策はneedle in a haystackだ。


さて、今日はというと またまた歩きづくめ! まずはソーホーまで地下鉄で行き、そこからひたすらアップタウンへ向かった。ワシントンスクエア、ユニオンスクエア、マジソンスクエア、、、とにかくNYは見るところがいっぱい!音楽関連の店もいっぱい!耳慣れたところではブルーノート、ヴァージンメガストア、HMVなどなど、、、中でもDJご用達の店が面白そうだったけど、いつも閉まってて外からしか覗けなかった。そして本日の締めくくりは花火! なんといっても独立記念日だからね。



Jul 2, 2004

NY!!! とうとうやってきました、NY!!!

シアトルからまずはデトロイドへ飛び、そしてニュージャジーにあるニューアーク空港へ。ほぼ5時間の道のり。 空港からはバスに乗って30分くらいでNYダウンタウンについた。まずは第一印象、蒸し暑い! 久々に感じた感覚だった。 そして、汚い! ワシントン州が アメリカ人の住居を持ちたい第一人気都市だということを改めて実感した。 シアトルはなんてきれいなんだ! でも、NYはやはりなんともいえない魅力的な活気のある都市。

 ホテルはタイムズスクエアーのすぐ近く。夜の12時をまわっても 街は人で溢れかえっていた。着いてすぐに エンパイアステートビルディングに行った。眺めは最高! この景色がわたしはNYにいるんだって実感させた。