第2章

No8

初めて物語
 番犬が、波乗りに出会ったのは恐らく幼稚園のころだろうか?
そして、ウインドサーフィンなるものを知ったのは高校2年のころだった。
当時、稲村が崎に住んでいたバカボンとたまたま江ノ電の中で会い、ウインドを始めたという彼の言葉になんだ?、あー、ヨットみたいなやつ、という感じで別に興味もなかった。
その後、大学に入り、1年の夏休みに事件が起きた。

このきっかけがなければ番犬はウインドを始めることはなかったただろう。。
中学からの悪友ねずみ男が、なんとどういうわけか、藤沢の丸井でサーファー艇を買ったという。
「何で」

という問いに彼は、
「いや、暇でさーー、波乗りはみんなやっててインパクトないからね」と宣った。
「ところで、おまえ暇?」

「おー、暇に決まってるわね。」
ということで、なんと、でかいウインドの板を運ばせるために、番犬を呼んだことが後で判明。。。
あんな、20キロ以上もある代物を一人で運ぶには、ちょっと骨だ。。
と、いうわけで運び屋番犬とねずみ男が、昭和56年初めて七里が浜にウインドサーフィンのボードを浮かべたのだった。ただ、その後、我々は重大な過ちに気づくことになる。
なんと、セッティングを知らなかったのだ。

セールアップも知らないし、何でブームにひ紐がついているか知らないし、ダガーボードはなんだ?ということになった。
しかし、まぁ、そんなことでもなけりゃ、材木座なんざに行くこともなかったし、何にも知らないところから、始めた楽しさがあった。
いまでもあるハイウインド(ウインドの雑誌)がその当時唯一の情報源だった。
それから、2年後くらいにあの伝説のお店2WMSが出来たのだった。

解説(JFN)
サーファー艇とは、ウインドサーフィンの入門艇でもあり、学連の競技艇でもあったが、七里では過激なウェイブ艇として使用されていた。このボードは、くそ重くて20Kgもあったのだ。ピエール牧師は軽々と2艇運んでいたのは有名?な話である。ウインドサーフィンを始めた夏、我々はとにかく面白くて、毎日、七里でサーファー艇を乗りまわしていたのである。なんだか、とっても楽しかったのだ。

Vol9
ファンボード

道具は、今は無きゲーターウインドで買った。
初めてのボードはここで番犬は買った。
それから、毎日乗っていた。
サーファー艇は、あのフレアージャイブができることが当時の上級者の証でそればかりやっていた。
その後ダッグジャイブ、レ
イルライドなどのフリースタイルがはやったりした。
リーワードバックトゥーセイルとか、、ねーちゃんが浜にいると良くやった技だった。
 そんなある夏の午後、南西の風が上がりいつもの道具では、乗れないような海面になったとき、ホットバタードの店長をやっていた佐藤誠司がファンボードで乗っていたのを見て、おーー、あれだ、あれがいい。。
ということになり、番犬は金がないので、チューニングハウスとかいう、大学の近くにあったショップで、17万円コンプで、ファンボードを購入した。
この板は、ひどい板で、ジャンプするとストラップが抜けた。セールは、サーファージェットの5.5のブーム2.3mの物、ひどい道具だったが、必死にそれで乗っていた。
その後、2Wで初めてのカスタム、伝説のウイングフィッシュをオーダーした。また、でかものもファナティックのキャットを購入した。この板はなにげに走り、ウェイブもできるすごいでかものであった。

解説(JFN)
昔はウエィブボードの事をファンボードと呼んでいた。当時はサーファー艇とファンボードしかなくスラロームやオールラウンドボードはなかったのである。とにかく、サーファー艇に乗れるようになるとファンボードに乗りたかった。波に乗ったりジャンプしたりするファンボードを見ていつか自分もあれをやってやると思ったのでした。ファナティックの板の登場は衝撃的でした。とにかく速かったし、波にも無理矢理乗っていた。台風のうねりに突っ込んでジャンプしたりと随分無茶な事をしていたもんです。

 

Vol10

七里が浜ウインド全盛期のメンバー名鑑

当時、七里ヶ浜のメンバーは、あのいかれたじいじいの代表格として、横さん、同年代の金井さん、そして当時から元祖ウェイフ゛ライダーとして玄人好みでうならしたイデちゃん、また、いつもロアから出てくる古株きまっちゃん、元祖ウェイブライダーランファンB1時代を知る藤江兄弟、かっとぶだけの和製ロベール、、道具は一流大沢整備士、そして、いつもパンチの頭で海の水に濡れてもヘアースタイルの変わらないゴルゴ、兄貴に比べて品行方正なおさむちゃん、医者はリッチだよ和田、それに、元波乗り王者犬山くん、相棒のチッソ毛利くん、番犬の相棒でもあった愛と誠くん、七里の海でナンパさくさく結婚ねずみ男、そして立身出世とでかい話の好きなおかもっちゃん、その友人のやたら、頭の低いお金持ちのいたるくん、番犬の家庭教師の生徒ゆきな、まだまだいろんな人がきていたけど、へじ、しのちゃん、、、あと、ねーちゃん軍団もいたね、みんなその時のメンバーを旦那にしているね、そして、オージーの兵藤さん、たてぬま、などなど。。。。80年代はウインド黄金期だったのだ。。。そして、ラディカルズのメンバー達もこのころから、番犬を中心に知り合いの知り合いと言う感じで和が広まっていたッ懺{ のだった。そんな出会い物語を語ることで、湘南の元祖ライフスタイルを模索しよう。。

解説(JFN)
今ではウインドサーフィンをやっている人は少なくなってしまった七里ガ浜。
昔はいろんな人達が沢山いました。みんな結婚してしまい、海にこれる時間がなくなって
しまったのだろーか。横さんは、とにかくクレージーだったが、デカモンで沖をかっとんだり
波に乗ったりして、ガッツがあった。とにかく、海に行けば誰か必ずいたのだ。

Vol11

ゴルゴ連との出会い

それは、結構荒れた海でのできごと。小学校時代からの後輩リッチー和田がウインドの板を仕入れて友人と遊んでいた。初めての体験ということだったらしいが何せ荒れていて乗るどころではない。しかも、そのうちスケッグがはずれてたとえ乗れても、まともに操作できる代物ではなくなっていた。彼らはそんなことはお構いなしに、トライしいた。そんな中に、天然パンチのゴルゴがいた。彼はやり方なんぞはどうでもいい、、といった感じで強引にセールアップをして沈していたがそのガッツには目を見張るものがあった。
ニヒルに笑うゴルゴは、英語べらべらでいわゆる帰国子女なのだった。あんまり、サーファーという感じではないけど、おもしろいやつだ。狂った果実、愛情のない○ックスを実践していた。。。今はロスに定住している。
その友人のおさむちゃんは、こりゃまじめな好青年だった。ウインドにかける思いも純粋で最もまじめなサーファーだった。このあと、おさむちゃんの親戚のあやしげや、社労士、など、これをきっかけにどんどん七里に集まってきたのであった。

おかもっちゃん連
おかもっちゃんは、番犬の悪友の一人で、何せ立身出世が大好きな山師だった。彼がウインドを始めたのもねずみ男とも同級生ということもあり、毎日浜で遊ぶための道具してだった。ナンパ大好きでよく、稲村から七里にかけて声をかけていた。まず○○。。といった独特の言い回しで、夜遅くまでうろうろしていた。七里の祭りでは、だいたい酔っぱらってそこらで立ちションをし、夜に車が近く通るたびに「見してやろうじゃねーか」、と言いながら、逸物をベッドライトに向けてアピールしていた。そのため、スポットライトサムと呼ばれていた。
その友人ぺこぺこいたるくんは、いい人。ぺこぺこはいつも昼頃海にやって来る。だいたい女連れでくるのだがそこで大量の食物、酒を持ち込み我々貧乏ローカルは、ハイエナのように集まるのである。そんな時にも、にこにこしながら、どーぞ、どーぞと何、イヤな顔もせずおにぎりを手渡すのだった。そして、せっかく買った新艇も、自分ではあまり乗らず、どうぞどうぞといって我々に乗れというのだ。よく考えてみるとぺこぺこが乗っていたところを見たことがなかったような気がするのだ。


解説(JFN)
ゴルゴは某証券会社を辞めロスで事業をしてるそうです。
おさむちゃんは会社の転勤で今は浜松。社労士はおさむちゃんの友達でもあるのだ。おまもっちゃんはインパクトがあった。そういえば、珊瑚礁のカレーをおごってもらったこともあったなあ。

出会い編

Vol12

そんな出会い物語を語ることで、湘南の元祖ライフスタイルを模索しよ
う。。。


JFNとの出会い
あれは、夏休み前だったか、江ノ電の稲村が崎駅で定期を買おうと改札に行ったら、たまたま先客がいた。ふと、学生証を見たら番犬と同じ大学でしかも学部も同じであった。
あら、世の中狭いもんね、といったところで声をかけたのが、JFNの相棒かけそばくんだった。
かけそばくんは、実はウインドを始めたんだけど相棒がいるということになり、じゃ、七里でやろうか、ということになった。
そして、かけそばくんの相棒が現れた。
風貌は、あのジャズメンマルタのような感じで、中古の虎柄サーファーセイルのサーファー艇を持ってきた。
そして、その後現在のファンキーな男として成長したのだった。
JFNは、バンドもやっていてクラプトンなんかもバンバン弾くので番犬としては、彼のライブにはいつもリクエストしたものだ。
そう、あのヴイーナスでね。。


オズマとの出会い
やつは、いつも浜にいた。肌の色が焦げ茶でマッチ棒が燃えたようなひょろとしたやつだった。
ホットバタードのチェストでサーファーフリーの新艇を乗っていた。
あのストラップも付けられるサーファー艇だ。
おー、金持ちね、といったふーに遠目でみてたら、ある日風が強くなりやつが流されていたことがった。
それで、大変だねー、なんてことで話をしたのが初めてだったんじゃなかったかな?
それで、古いコロナにボードを乗っけてへらへら笑っていて、こいつなかなかへこたれないやつだなぁ、なんて妙に感心したもんだった。
いろいろ話ていたら、なんと地元小学校番犬の後輩とわかり、しかも番犬の弟ピエールと同級生ということも判明した。
その後、奇行オズマ・孤独オズマを経て、HICの板を皮切りに、切れたライダーとして七里に今日もいるということなのだ。。
そして、とっても理解のあるオズマ妻だけはリペアーしながら愛艇として乗り続けるだろう。。


解説(JFN)
かけそばくんとは、現在
Radicals Bandのキーボードです。彼も夏はたまにウインドをしています。しかも、彼の家は稲村ガ崎の真ん前。生っ粋のローカルです。さて番犬との出会いですが、そのかけそばくんに七里でウインドやってる人を知り合ったと聞かされていた。ワタシもサーファー艇を中古で購入したはいいものの、乗りかたはおろか、セッテイング方法も知らなかった。そこで、番犬にサーファー艇のセッティング方法を教わったのだ。そして、似たような顔の真っ黒なオトコ、それが番犬の弟のピエールなのであった。オズマは学生時代から異様にウインドにはまっていた。いつも七里で乗っていた。風が足りなくても器用に一人だけ走っていた。それは今も変わらない。

Vol13

七里フリートの出会い

ある日、2Wに行くとさとるくんが紹介したい人がいるという。
そこには、よこちゃんがへらへらしながら、頭を下げていた。
いーす、と挨拶しなが らいろいろ話しているうちに、
今度フリートを七里に作るということでよろし くということになった。
フリートて、何だ?と思っていたら当時は、ヨットの同好会みたいのをフリー
トいうことを知り、ウインドの会もフリート呼ぶようになったのだ。
そして、七里はそれから10年くらいにぎやかな浜になった。

今は、寂しくなりましたが。。

たこ坊主くんとの出会い


やつは、いつも七里の駐車場の階段わきに車を止め、いい加減にしろというく
らいのボリュームでスクエアーを聞いていた。
そして、素潜りをしていた。
そんなある日、七里フリートに入りウインドを始めたという。。
いかにも、怖そうな出で立ちと裏腹で、話すと結構マニアックだがおもしろいやつだった。
料理もやるし、バイクも乗るし、といろいろ趣味が多彩ということになり、やつ
の家で一杯飲むことになった。
やつの作った料理は絶品で、「なめろう」、「サザエのマリネ」、日本一のまぐろアラカルト、、
その独自性と腕の確かさ はそこらの料理人より、上である。
ただ、少々懲りすぎるので関係者には迷惑をかけており、
とくに女性にたいしてはぞっこんモードになると、金に糸目を
つけないところがあった。
そこには、シャチ事件、処女事件、さっちゃんわね事件、あっこちゃん事件と枚挙に暇がない。。
いまは、ちゃんと、いい奥さん がいますが。。。。。
こんなふうに、いろんな人がたまたま七里にやってきて、はまっていく人間関 係、、
そこには、職業、地位、しがらみがまったくない、単に浜で遊ぶの好き、、と
いうそれだけで集まったファンキー集団である。
現在でも、ローカル長老の日焼けおじさん、ボティービルダー会長、

飲んべえダイバー軍団など週末には必ずやってくる猛者がいるのだ。
そして、先輩をリスペクトしながら、また、自分の子供も連れてくるというの
が、ベーシックスタイルと言えよう。。。

解説(JFN)
今は七里ヶ浜フリートのの人達はほとんど顔を見る事は少なくなってしまった。
全盛時は七里の浜もウインドで賑わっていたのだ。吹いてみ吹かなくても誰かしら浜にいた。
たこ坊主くんとは海坊主くんの事でもう何度も出場しているので、よくおわかりだと思います。
今日もバイクで温泉にいって旨いもんを食べてるに違いない。

アダルティーな夏

Vol13

湘南と言えば、夏。夏と言えば女、女と言えばナンパと相場が付いている。
し かし、七里においてはその他にまか不思議な連中も存在する。
湘南スタイルには欠かせないへんてこなやつら。。
これも海系だから許されるということだろ う・・


海岸防衛軍

やつらは、突然なんの前触れもなし、静かにやってくる。
何をするわけでもな い、ただひたすら、ビーチを眺めている。
そんなのが常に3人くらいいる。
しかも、夏限定なのだ。
お目当ては、やはり、ピチピチ本マグロということでは ないかと、容易に想像できるが、双眼鏡で見ることもなく、その肉眼のみで凝視しているのだ。
決して、裸にはならず、30度を越す真夏のビーチでさえ、ちゃんと上着を着ていたりするのだ。。。
そういう、彼らを我々はなぜか海岸防衛軍と呼んでいる。。



だましたつもりが、Tバック軍団

Vol14

その夏は、やたらとTバックのはいたねーちゃんを見かけた。
こちとら、目が慣れて早々来ておー、とはならないほど麻痺していた。
しかし、都内から来た若造や横須賀から来た米兵は違う。
何せ、飢えているのだ。そのぷりぷりしたTバックを見れば自ずと、その大波にリップしたくなるのは、しかたがないことである。
ところが、この夏は、紛い物も含まれていた。そうだ、竿付きだ。。
それが、10mくらいのところから見ると、全然わからないので、つい 声をかけてしまう野郎どもが多かった。
特に、米兵はその餌食となり果てていた。
彼らは割とやさしい感じがするが、そこは米国仕込み、リップへのテイクオフは早く、速攻でポイントブレークまで連れていってしまうのだ。。
しかし、そこで、見た物は、あのブルーオイスターよろしくのおぞましい結末を見 たのであった。だましたつもりが、、だまされた。。。ちゃんちゃん。。

解説(JFN)
夏になると、いろんな輩が現れるのはどこの海岸も同じであろう。
ジェットスキーでどこからともなく現れて、砂浜に上陸し、今日の獲物のを狙うが
うまくいったところを見たことない、おっさん2人組や、なぜかいつも1人でやってきて、
日焼けをしている謎の美女なんかが、いたりするのだ。
アダルティな夏は今年もやってくる・・・・

Vol15

スッポンポンな夏


ある夏は、やたら暑くて風もなくなんともまったりした日々が続いていた。
ぼーとした頭のなかで、稲村方面から、裸のじいさんやってきた。。
暑いからねーなんて、誰も気にしなかったところは、おいおい、あのじいさん、ぷらぷらだぞ。。との指摘。
なに、ぷらぷらね、おーー、ほんとだ、じいとん、暑さ でふらふらして、ぷらぷらで、出てきたなんてしゃれを言って笑っていた。じ いさん、やっぱり、露天商だったらしく、ねーちゃんーぷらぷらの露天をして いた。
この年は、そういうじいさんが結構現れた。。ふらふらなぷらぷらじいさん、、、登場の年だった。。
最近現れないけどね。。
こういうキャラは、湘南ならではのへんてこな連中で危害を加えないところが 共通していた。
現在では、その生態は身を潜めなかなか確認できない状況である。

解説(JFN)
今週はちょっと短めです。夏はいろんな人がやってきて、観察してるとかなり笑えます。
大崎のホモビーチも行ったことないけど、見に行きたいなあ。

Vol16
湘南レジェンド

よたろうじいさん。。

番犬のリスペクトするレジェンドとして、辻堂のよたろうじいさんがいる。
よたじいさんは、まったくもって、いい加減な行動と言動には枚挙にいとまが無いがしかし、なんといってもやる時は、とことんやるというのがある。
いつもは、超いい加減なんだけどいざとなると抜群の行動力と決断力発揮する。。
これがよたじいさんの真骨頂なのだ。
実は、番犬の元上司そして、今は悠々自適になんと料理学校に通い若いにーちゃん、ねーちゃんに混じって、新しい人生を歩んでいるだ。波乗りは、今でもコンテストに出て、入賞しているし、なんといっても、ローカルショップ数々あるがよたろうじいさんの名前を知らないやつらは、モグりということになっているのだ。
よたじいさんは、アイビーよろしくでおしゃれ、、だけど、ホッピーと焼き鳥が大好きな庶民派レジェンドである。
また、若いねーちゃんが大好きで辻堂のパパとして、町内を闊歩し、いろんなショットバーで私設娘がいるという噂だ。。。
よたじいさんに、パクッと食べられた方々も多数いるようである。
でもね本当は愛妻家なんっす・・  ねー、よったさん。。

解説(JFN)
レジェンドという言葉はいつ頃から使われているのだろうか?使われるのはサーフィンの世界だけなんだろうか?あまり野球ではレジェンドという言葉は聞いたことないしなあ。さしずめ長島監督は野球界のレジェンドってとこでしょう。こうなったら、どんどんレジェンドを作ってしまおう!相撲界や囲碁、将棋界、プロレス、テニス、卓球界等・・・どんな人がレジェンドになるのでしょうか?ウインドサーフィンはまだレジェンドはいませんな。歴史があまりにも浅い。カイトサーフィンなんかビギナーを見つけるのさえ難しい。求むレジェンド!

Vol17

南湘南のドン・ジョンソン

 
南湘南、、葉山から長浜にかけてのローカルレジェンド、ドン・ジョンソンである。
ドン氏は、あのマイアミバイスで主演したドン・ジョンソンゆかりのパワーボードのオーナーであり、また、世界最大のバイク、ボスホスのオーナーでもあるのだ。
パワーボードは、なんと数万リッターのエンジン850馬力3機積んだモンスターボードなのだ。

また、ボスホスに至っては、シボレーの350馬力のエンジンの乗ったバイクなのだ。
タイヤのサイズが275である。
さらに、へんてこな車MGやら、しまいには、なんと馬主でもあるスーパー遊び人がドン氏なのだ。
おねーちゃんは25歳以下でないとカテゴリーオーバーとなり、お帰りとなる。
付き合いもインターナショナルで、フランス、アメリカ、韓国、東北?と枚挙に暇がない。。
その、見事な話術と金払いの良さ、育ちの良さが女性にもてる根元であろう。。
ドン・ジョンソンは、番犬レポートとして今年特集します。。。

解説(JFN)
あの辺は自宅に直接ヨットが横付けできたり、プライベートビーチを持っていたり、何だか金持ちが多い。今は法改正で自宅にヨットを横付けできなくなっているので希少価値となる。サーファーはそれほど、お金持ちはいなさそうだけどボートをやってる人は桁違いにお金持ちなんですな。いい人生を送ってますなあ。