第3章

No29

家族サーフィンboard3.jpg (26692 バイト)


番犬には子犬が2匹いて一匹は雄である。雄の子犬は、野球をやっているが夏には波乗りをしている。
浮力のあるロングは子犬にとってタンカーであり、立ってもまったく沈まないのだ。
パドリングは、ニーパドはできるし、テイクオフはその日に出来てしまう。そして、小さいうねりに乗って岸までサーーーと乗って行く。
いつか、子供ができたら波乗りを教えようなんて思っていたら、あらら、現実なものになり親子サーフィンなんてこともそのうちやれるかもしれないのだ。
まぁ、若いというか幼少から波乗りばかりやるとばかになるので、やらせない方がいいという番犬の親犬はいっているね、そうだ、番犬もばか製造器に犯されてしまった一人なのだ。
しかし、人生頭だけではやっぱりだめで夢中になることができる仕事、遊び、趣味をそれぞれ持つことで人生に幅が出来てくると思われるので、多少ばかでもいいのだ。いや、ばかな方がいいこともある。
とにかく、夏は息子と波乗りしながら子犬の成長を見守る番犬であった。。
これが、まさに湘南スタイルの原型なのだろう。。
解説(JFN)
やっぱり、子供のうちからサーフィンをやるためには、サーフボードが高いし、ボードは運ばなきゃいかんしということで親のサポートがないと無理だよね。そのような環境にいる子供ってシアワセだよね。もっとも本人のやる気が一番大事なのだが・・・・

No28   

ボード運びは体力だった。。

ウインドサーフィンの道具は、とかくかさばるもので浜まで運ぶにしてもいろいろな方法で我々は対処してきた。
まず、はじめは駐車代を浮かせるため、車で浜までボードを運び、次に車を家において原チャリで登場するコースだ。これは、結構始めたころやっていたが、車がないことがあるため、常道手段までにはなかなか行かなかった。
次に、今でもたまにやっているのが、台車コースだ。簡単な一輪車にマスト、ボード、リグを満載してころころ押して浜まで運ぶのだ。この台車は、かれこれ16年くらい前にピエールがどこかの雑誌を見て買ってきたもので、もう十分元は取っている代物だ。安定がいまいちなので、気をつけないとひっくり返ったりすることがあった。特に路肩あたりをころころ引いていると突然バランス崩して浜に着く前にボードをクラッシュなんてことも過去にあったのだ。
また、帰りの七里坂は結構きつくウインドでさんざん乗ったあげくボード一式を急坂の重力方向に対抗して押すエネルギーは拷問のようだ。当時、ピエールは友人のサーファー挺2本、恐らく50キロ以上の満載荷物を毎日運んでいた。元気がよかった時代だった。その後、原チャリにボードキャリを特別に作り波乗りの場合は、だいたい原チャリで運ぶようになった。このキャリができる前は、チャリのイスのところにロングのノーズ部分を乗っけてその上に番犬がまたがって運んでいた。バランスが難しく、しかも、チャリの後ろには2m以上もボードが飛び出しているのだ。見るからにバランスの良くない運び方であった。なんにも知らない観光客や、外人さんはこの番犬の運び方を目のあたりにすると、だいたい写真を撮っていた。当然あきれた顔をしていたのだっ
た。
さてこの原チャリキャリは、海坊主に作ってもらい初代キャリとして浜では、注目を集めた。現在は、2代目となり、キャリも市販されているのだ。また、チャリ用のキャリも市販されており、番犬は両方とも保持しているのだ。
しかし、やっぱり、浜まで車で行ってリグ満載でいる方がウインドでも波乗りでも即応できる良さはある。もっとも、七里で乗る場合は原チャリだと1分、歩いて5分くらいで浜に行けるので波乗りに関しては車で登場することはあま
りないのだ。原チャリキャリは、大変重宝していて、七里のだいたいのポイントはストレスなしに行き着けるのだ。なんといっても、駐禁の心配がないし湘南は渋滞地獄なので原チャリが一番なのだ。
しかし、このチャリキャリは必要は発明の母の原型みたいなもんだ。ありそうでなかったみたいなキャリなのだ。恐らく、波乗りがさかんな沿岸地方にしか絶対売れない商品だろう。。このキャリを埼玉とか東京で付けてもつかいもんにならんしね。。やっぱり、ローカルだけの必需品なんだろうね。。最近では、だいたいこのキャリを付けて浜にくるローカルがほとんどとなっているようだ。。
解説(JFN)
ワタシも買いました。チャリ用のサーフキャリア。とっても便利で重宝するのだ。もう、このあたりでは爆発的ヒット商品ではなかろうか。外国製でロック式ネジを採用しているし、なかなか丈夫だ。
ママチャリに付けるとちょっとハンドルがきりにくくなるのが弱点。それ以外はとても満足している。これでウインドの道具だって運べるのだが、2ピースマストは必需品だね。



No27

湘南のロングブーム。。


ここ2年くらいでロングボードがすごく増えたようだ。なんといっても歳取ってから始める人もいるという大ブームが到来した感じた。
これは、十数年前のウインドブームと似ているようだ。
しかし、ブームというのはだいたい数年で廃れるものだ。今の湘南の各ポイントを見るとどこも過密状態でありとてもまともに波乗りができるなんて言えないポイントもあるようだ。
特に七里の場合はブレイクポイントがほぼ一定なため一カ所に集中してしまうので、テイクオフポイントは大混雑なのだ。なるだけ、人の少ないところを探して乗ろうとしても結局ピークから乗ってる者の勝ちみたいなところがあったり、さらに、前のりだろうが、スネークインだろうが当然のようにやってくれる人たちもいるので、これゃ、怪我しない方が難しいなんてこともたまにあるのだ。
80年代はロングはまだマイナーな存在で番犬は、このころでかいときに姥が谷やげんこつの一番沖からクラシックのハーフムーングラスオンのボードで乗っているとめずらしいやつだ。。みたいな感じで回りは見ていたのを記憶している。
当時ロングは少なかったので、沖のでかいのだけ乗っている分には文句はでなかった。しかし、今は多数のロングがいるので譲っていてもショートまで波が回らないこともあるようだ。しかし、でかくなったら、それなりの人しかゲティングアウトできないので、だいたいショートオンリーに近い感じにはなるのも事実だけど。。
ところが、ここにきてボードの売れ行きが止まったらしいのだ。恐らく購入層が一巡したこともあるだろうが、1本十数万円から二十数万円もするボードだから早々買い換えもしないし、、1本あれば十分だし置き場所だって探すの大変だし、、また、最近とくに有名ブラントのボードがやすくてに入ったり、モールドボードなんか7万円くらいで手に入るなんてことも出てきたのだ。今まで零細企業がある程度高めに設定していたボードの値段が一気に下がり、フルオーダーでも15万程度で手に入る時代になっいる。とても直売でないとできない価格だ。ウインドサーフィンの方ではほとんどカスタムはなくなり、プロダクションに移行した。波乗りの板がすぐにそうなるとは思えないが、ウインドのマテリアルを使用しより軽量で強い波乗りの板はすぐ
にでも出来てしまうのだ。しかも、7万程度で、、そうなると、零細企業の作る高いボードは一部のローカルかマニアックな連中だけのニッチ市場となり、恐らく陶太されて行くのだろう。。結局一般ユーザーは、ばか高いボードとやすいボードとどっちに乗ってもさほど影響はないと思われる。毎日乗るプロのような腕も感性も持ち合わせていない一般へぼライダーは、なにを乗っても変わらないのも事実なのだ。しかも、たまにしか乗らなければなおさらなのだ。だったら、夏の時期だけ乗るならやすくて丈夫なのを選ぶのは当然な選択だろ
う。
ただ、番犬はプロダクションを板を買うつもりはいまのところないのだ。なぜなら、乗りたいデザインがないし、自分にあったスペックは特質なのでまずプロダクションで自分のイメージに合ったボードは出てこないと思われる。また、オーダーするという行為は、とても楽しい作業でもあり、シェイパーとの
連携によりレール、ロッカー、アウトライン、テイル、ノーズ、色、、、自分のイメージを持っている人ならとても、楽しい作業なのだ。そして、仕上がっ
た独特のあの臭い、、レジンの臭い、、なんとも言えないニューボードの輝き、、新しいフィンを付けてさぁ、波乗りだーー、、この瞬間は何本オーダー
しても楽しい一大イベントなのだ。プロダクションにない楽しさがある。結局、番犬も数少ないマニアックか変わったじいじい犬ということになるのだろ
う。。。
ブームと関係ない輩はきっと、ずっとオーダーするに違いない。。。
ゴウイングコンサーン!!
解説(JFN)
番犬とは意見が違うのだが、近いうちにサーフボードもプロダクション化が進むに違いない。やはりなんと行っても価格が安い。テンプレートさえしっかりしていれば、カスタムよりもいい板ができるに違いないと思われる。いかんせん、カスタムボードはハワイとの価格差が大きいのだよね。安ければカスタムに乗りたいのだが・・・しかし、猫の杓子もロングボードに乗ってますな。もう少し、空いてるところで乗りたいよーん。


No26

ラディカルズ初代ステッカー。。stecker.jpg (12240 バイト)


このウエイブボードに貼ってあるステッカーは1986に作成したものである。ラディカルズの命名については、こんな逸話があるのだ。
JFNがまだ学生の頃、いや番犬も学生だったかもしれない。。
当時まぼろしのウェイブ専門誌フリーライドが創刊されマルタシマーなんかが表紙を飾っていたマニアックな雑誌であった。
この雑誌の写真は絶品でおいしいリッピングがシークエンスで載っていたりしたのだ。グレイグメンソンビルが、ノーハーネスでシャークアタックでリップする姿は、今トッププロとは一線を引いた存在であり、個性派の筆頭であった。

真っ赤なオフセット、、ハイテックのタッパーにトロフィーの黄色グラブ、、もちろんハーネスはないのだ。そんな個性派が当時、ホキパラディカルズと呼ばれていたことをこのフリーライドで番犬は読んでいた。
JFNは、チーム名をはじめチームえぼしとか、えぼちゃん。。なんて名前を考えていたが、なんかかっこ悪かった。なにせ、ステッカーのデザインがくらげじゃ、かっこ悪いよね。。
なんて、ことでたしか番犬の家の前の大きな壁のところで何人かでいろいろ話していた記憶がある。
結局、このホキパラディカルズにあやかって、七里のローカルということを加味し七里ヶ浜ラディカルズと命名したのであった。初代のTシャツはこのステッカーと同時期にデイブイジーのカットバックをコピーかなんかしたやつをバックプリントにしたやつだと記憶している。また、その後ステッカーは2種類作成したのだ。

実は、このチームの前に七里ヶ浜ローカルファミリーという名前のチームがあったのだ。
これは、1982年に作ったチームでおかもっちゃんと、愛と誠、ねずみくん、ほか何人かで作ったチームだた。この初代ステッカーを見るといろいろと思い出されることが多い。。
今現存しているステッカーは、このボードのやつしかないかな?

解説(JFN)
こりゃあ、懐かしい。そーです。今は懐かしい初代スッテカー。これはもう持ってないなあ。このステッカーは、マウイのパイアのゼネラルストアーの窓に貼ってあるはずです。まだあるかなあ。Rddicalsの命名の瞬間は今でも覚えている。番犬との会話の中で思いついたのだ。1986年の事なんですね。そうそう、RadicalsTシャツも作りました。簡単な一色刷りですが、かっこよかったよね。普通の人は買いませんが・・・(笑)その後Radicalsは、Tシャツブランドとなり、夏祭りの玉入れゲームのイベンターとなったのだ。夏祭りは1990年に開始。今年ももうすぐだ。


No25
歴史は繰り返す!

ウンイグフィッシュコンセプトウインドサーフィンのウェイブボードは、現在ではだいたい250cm前後となっているが、番犬は、255から275のサイズが体重の関係もあり好んでいた。
初めてウエイブボードをオーダーしたのは、今や伝説ともいう2WMSであった。シェイパーは兵藤さんでオーシャングライドがまだ、七里のパスタ屋にあったころである。
当時、鎌倉ローカルタウンやホットバタードなんかと軒を並べており今あるJJモンクスの上に出来たのはずいぶん経ってからのことである。
その時オーダーしたウェイブは、255のウイングフィッシュであった。
このボードだけは捨てずに今でも番犬小屋にあるのだ。のちに、ピエールも使ったこの板、とにかく動きが良く一度波にテイクオフしてしまえば行きたい場所まで板を当てられる代物であった。
ボトムはVアウトであるが今のようなカキーンとしたVではなくなめらかなVなのだ。
ウイングは逆にカキーン系のウイングであり、当時としてもかなり斬新的なデザインであった。
しかし、当時はプロダクションでも今はなき、クラウドとかいうメーカーから、280のフィッシュが発売されており、ファナティックからもたしかウィングフィッシュの板があった。
フィッシュテイルは私の考えであるとデカイ板にいいと考えている。
でかい板は、結構早い、レールの形状にもよるけど浮力がある分動きは緩慢なのだ。
そこで、でかい板はウイングフイッシュだ。それもスタビライザーでだ。

ウイングがターンのきっかけをより容易にさせるし、vが入ればなおさら回る。センターフィンはなるだけ前よりにセットしあとはロッカーラインとレイルをスピード重視にする。
そうだ、ノーズロッカーなんかほとんどなくてもいいのだ。
スピードさえでれば、ぐりぐり回るのだ。パーリングの危険があるなら、ノーズトップをスクープさせれば良いのだ。今の最新の板をみるとものすごいロッカーだ。たしかに、アウトラインでもフルレイルターンで鋭角に乗れるだろう。しかし、風が弱いと上らないと考えている。オーバー目だと恐らくガンガン上るであろうが、番犬はあまり好きではない。
この理論をこのたび、ロングボードに生かしたのが、ニュー波乗りボード番犬スペシャルなのだ。もう、かれこれ16年も前に考えたこのコンセプトがようやくサーフボードに活かされたのだ。波乗りは、ウインドよりスタイルを大切にする。
乗り方により、クラシック、パフォーマンスなどに分けられているが、波乗りはターンなくして波乗りではないのだ。例外的な場所があるが普通は、シークエンスをしっかり刻み込まないとロングライドはできないものだ。ボトムターンから、アップスンかけて、リッピング、そしてまたアップンして、トップターンからカットバック、バックサイドでスープまで板を返してまた、ボトムターンして次のセクションに行く。。この、一連のマニューバ、特に、リッピングしたときの板から出るスプレー、ラウンドハウスしたときの板から来る躍動感というか、生き物のような感覚が波乗りの醍醐味なのだ。このマニューバの基本は板のスピードである。スピードがでないボードは、つまらない。従って、まずスピード、次に回転性ということになるのだ。ロングボードを楽しくするデザイン、番犬コンセプトはウイングフィッシュのでかボードで決まりだと考えている。たとえ、3mクラス、そうだタンカーなんかが、ウイングフィッシュだったら、大変楽しいボードになるばずだ。騙されたと思ってオーダーしてほしい。 番犬スペシャル、、

解説(JFN)
この頃のボードはジョイントボックスがかなり前に付いている。昔のセールはドラフトが広く後ろよりにあったので、この位置になったのであろう。今見るとかなり不自然な位置だねえ。ノーズロッカーも少なく、クラークフォームなので浮力も少ない。ウェイブボードの典型的な板なのかもしれない。ワタシとオズマは非対称のボードに乗っていた。初めてのボードだったからすごく愛着があるんで、同じようにまだ捨てずにとってある。ボロボロだけどね

No24

リサイクルウェット。。koinu.jpg (14787 バイト)


子供の成長は著しい、特に小学生時代なんて1年と同じサイズを着ていないということも結構あるようだ。
七里は、たとえ真夏でもリーフなこともあり、また日焼け防止も考えてウェットを着た方がよい。
しかし、小さい子犬どもは日に日に大きくなるためウエットをその度にオーダーしていたらたまらない。
そこで、今回番犬の子犬、小番犬のために花火師氏のご令室のお古を頂き、リニューアルして小番犬が試着した。
元々ダイビング用ウェットということもあり、素材はゴムで5mmの分厚い素材だったがなんとか着られたのだ。
とりあえず夏用と春、秋用の2着を考えており今年の夏はこの出で立ちでローカル小番犬が波乗りする姿を目にすることができるだろう。
そして、その小番犬の沖に仁王立ちした巨漢番犬が押し駆けテイクオフをやっていると思う。
花火師のご令室は、華奢でたいへんスレンダーなボディーなためなんと小三の小番犬でもなんとかフィッティングしたのだ。
これが、番犬の着るとウェットでなくてダウンパーカーに成ってしまうのだ。
花火師氏の手縫いウェットはその器用な手先と忍耐力からできる技であり愛妻に心を込めて作り上げた逸品である。
なんと、同種類のウェットが10着はあるという。。
恐るべし花火師なのだ。いや、あるときは縫子士、またあるときは花火師、、また、あるときは潜水士、、またまたある時は軟派師、、、今回ご厚意により小番犬ウェットが実現した。こんなヒューマンネットワークが湘南ならではなのだ。。

解説(JFN)
子番犬は野球少年なのだが、やはりおとうさんの影響なのだろう。サーフィンにもかなり興味があるようだ。この年齢から始めれば、かなり上達がみこめそうである。将来の七里は彼が仕切っているかもしれない。花火師のウエットスーツは丈夫で長持ちすると評判である。ひと針、ひと針縫っていくのは大変な労力である。これが、市販されたら、かなり高くついてしまうだろう。型紙も全部考えて作り、新素材も積極的に使用している。商売で売ってみたらと一度聞いたことがあるが、絶対いやだという。義務が発生するのがいやな人なのだ。


No23boardtail.jpg (13271 バイト)

New Board

番犬スペシャル黄色ティントのウイングフィッシュロング!
構想10年、企画3年、シェイプ2ヶ月を要しついに、9.10約3mのロングハイパフォーマスロングボードが、このほど完成した。  
そして、運良く台風1号のグランドスゥェルに当たり、初乗りを敢行した。
板は、ノーズコーンが入っておりフラットアウトでスタビライザーである。
FCS システムで、8.5インチのカットオフフィンを使用している。
ラミネートは、ボラン、、ハイパー系でボランなんてだめと言う方は、感性が鈍いのだ。
強度を持たせたハイパーなのだ。でかい番犬ならではのスーパースペックなのだ。
色は、イエローティント1色である。ウイングは、角角の使用でこれがきっかけとなりかんかん回るのである。
いつものポイントでグーフィーフッターの番犬は、肩、頭サイズのピークからテイクオフ、巻き波でカールへストールしてイン、初速がちょっと遅い感じだがアップスンを繰り返し加速し、アップダウンでリップまで板を進める。ショートと同じ乗り方である。
そして、加速したところでリッピング2発、さらに加速し、待ってましたという感じでラウンドハウスがばっちり、シューサイドでバックサイドで軽く板当て込んで、またまたアップスンしながら、もう1発リッピング、最後にノーズライドで岸まで生還といった感じだった。
とにかく、曲がる、当てられるという感じである。
ノーズロッカーはあまりないのでパーリングしやすいがほれほれの場合は、テイクオフ、すかさずサイドストールしてロールインするテクニックが必要だ。
ボトムまで一気に行こうとすると刺さってしまうのだ。
あと、厚さとレールについては、60/40レールを採用しテールは70/30で切れの良いマニューバーが描けるという感じだ。
通常クラシックタイプは、50/50レイルだが、巻き波系ではグリップしないので不向きである。トロトロ波は、50/50、巻き波は60/40という具合だ。
ボードは、波質に応じて乗り換えるのがベターであるが、お金もない方々には、50/50の方がいいだろう。
しかし、ショート上がりやいつも乗るポイントが巻き系の早いセクションならばハイ パー系をお勧めする。
ただし、フィンを小さくして成るだけ前にセットしれば回りやすくなるだろう。今回のウイングフィッシュロングは、元々ウインドウェイブボードを初めて作った16年以上前にオーダーしたスペックであり、これを波乗り板に応用したのである。
でかい回転半径のボードには、ピボット系ターンが可能なフィッシュなのだ。
boardback.jpg (12024 バイト)しかも、ウイングという角のきっかけがさらにそのパフォーマンスの助けとなり、バーチカルなラインが可能となる。
そして、近いうちにリップ360を挑戦しようと密かに思っているのである。
ボードは、乗り手のポリシーを以て進化するもので自分のスタイルを確立したときに生き物のように答えてくれるのである。
ちなみに、このボードはたまたま知り合ったカリフォルニア在住のシェイパーピーターベンジャミンとPSC社長斉藤氏の協力により実現した。これは、格安で譲ってもらっただけでなく本場カリフォルニアでもめったにお目にかかれない9.10サイズのウイングフィッシュロングは、世界的に見ても大変興味あるスペックということで実現したのだ。
しかし、巨漢番犬だから乗れるという意見もある。ようは、番犬だけのマジックボードなのだ。。

解説(JFN)
番犬のニューボードはめったに見る事のないウイングフィシュのロング。よほど気にいってるんぼであろう、またそのい乗り方にもますます磨きがかかってきた。デカイボードが豪快にターンする巨体番犬のライデイングは必見だなのだ。

No22

小動神社って。。?番犬の前世弁慶の怒り!

稲村から小動神社の間が、七里ヶ浜ということになっているのだが、稲村が崎というとわりと有名で、映画にも出てきたところだけど、小動はあまりメジャーでないところである。

しかし、この小動で、こゆるぎ。。と読むには逸話があったのだ。。
この、小動神社は、その昔鎌倉幕府があったころ、かの有名な頼朝と義経の関係において、義経が苦労して兄である頼朝に合いに来たところ、頼朝から接見合いならぬということになり、かなりの間、この小動で足止めを喰ったところなのである。。
そして、そのことが起因となったかどうか定かではないが、小動神社ができたようだ。。

このとき、部下の武蔵坊弁慶が、この頼朝の仕打ちに、仁王立ちしながら幕府に向かい怒りと憤りを細かい震えで、体で表現したそうだ。。
この、震えが、わなわなわなとくる震えそのものを表現し、小さくゆるぐ、動くということで小動で、こゆるぎ、という名になったそうである。武蔵坊弁慶、、、番犬はその昔、七里で番犬と呼ばれる前、武蔵坊弁慶と呼ばれていたのを知っているのは、ねずみくんと、愛と誠くんだけとなった。。。
昔あった七里の稲村よりの階段で、腕を組んで沖を睨んでいる姿が、弁慶の仁王立ちに似ていたところから、言われはじめたのだ。。。
割と好きなキャラなんっす、、武蔵坊弁慶!!

解説(JFN)
番犬の仁王立ちは弁慶よりも迫力があり、怖いかもしれない。小動(こゆるぎ)という地名の由来というのは、そのような、逸話があったわけですね。義経は鎌倉幕府成立の立役者であるが、うまく頼朝に使われてしまった。その時代も今と変わらず波が七里でブレークしていたに違いない。800年後にはその七里ガ浜もサーファーだらけになってるとは誰もが想像できなかっただろう。

No21

お道具の話。


道具、ウインドサーフィンは道具、リグがなければなにもできない。

そんな当たり前だのクラッカーなことは、いわんでもわかっているがその創生期には、まか不思議な道具であった。
そんなリグの変遷をここでは語ろう!
番犬がサーファー艇をはじめて見たのは、1979年だった。その頃はブームが木で、セールはピンヘッドのコンプリートセールであった。

Tジョイントも木で出来ていた。
ブームの持つところは、確かオレンジのラバーが貼っていた。
みるからにヨットの出来損ないのようなリグであった。
その後、1981年夏に本格的にウインドサーフィンなるものを触りはじめたのだが、サーファー艇のほかには、ウインドグライターとか、似たようなボードが何社か発売されていたようだ。
しかし、実際に見たのはサーファー艇がほとんどだった。
翌年、あのランファンB1という画期的なファンボードが出たが金がなくて手が出なかった。
サーファー艇を手に入れて2年くらいは毎日乗っていた。
特に七里は波が高いのでノーズロッカーを付けるため、わざわざボードのノーズ部分に黒ビニールを貼り、炎天下に放置する。

すると、樹脂が柔らかくなり頃合いを見て、一気に力を込めてノーズを曲げるというなんとも、力技でロッカーを付けた。
当時はみんなサーファー艇だったので、自分の板を見極めるために、ファーイーストのステッカー、ホットラインのステッカー、ボンサーフボードのステッカーなんかをべたべた貼っていた。
また、風かなく波が多少ある日は、サーファー艇で波乗りをしていた。
これは、今のロングボード以上に早いテイクオフができるが、回すようなことはまったくできない代物だった。
その後、ランファン275というファンボードが275の長さまで短くなっていった。

ここで、注目するのがミストラルのテイクオフというボード。
たしか、330くらいの長さだが、ツインフィンでジャンプができるということで、結構話題となった。
しかし、ばかたかく、確か30万以上したバブルボードであった。しかし、そんなボードが七里に来ると一生懸命近寄っては見学したものであった。
また、この頃ロケット99、93シリーズ、83くらいまでのファンボードがウインドサーフィンジャパンから発売されていた。
約3m近いポリエチレンでできた13キロ以上はあろうボードで、当時マイクウォルツがカットバックしていた。まだスラロームなんてカテゴリーがないサーファー艇に飽きたらファンボードということになっていた。
また、セールもフッド、サブスタッド、などのヨットセールメーカーがウインドセールを発売していた。

その中で個性的だったのがコナセールである。
フルオーダーができる変わり種のメーカーだったが、こだわりのあるウェイバーが好んでいた。
シマースタイルき、お金持ちのウェイバーが使っていたが、当時抜群の強度があり持ちが良かった。

未だにもう13年くらい前のシマーを番犬は持っている。
セールの2大メーカーというと、やはり当時もニールとガストラだった。

特にガストラは帝王ロビーナッシュが使っていたため有名だった。
ピーターガブリナがガストラパワープラスなるセールを使っていいセールだ、というコメントにだまされて買った覚えがある。
ちっとも、パワーなんかないじゃないか!!てね。。
あと、アンセルというたしかフランスかどこかのセールを使ったり、ブリーズとかどこか外国のセールも使っていた。
まだ、フルバテンなんて出てこなかった時代だ。。

番犬は、貧乏だったのでファンボードは280のへんてこファンボードを17万くらいでコンプで買った。

この板はひどかった。
ストラップがすぐに抜けてしまい、ジャンプする度に転けていた。
こんな板を乗っていたのでなかなか 上達しなかった。
やはり、道具は重要である。また、この後、オフセットがホキパで出てきて日本でも乗っているやつらが現れ、セールもフルバテンが登場してきた。
1985年になると衝撃的な革新的セールラフセールが登場した。
今のセールの原型といってもいいだろう。それまでのセールより効率よく風を受け、ウォータースタートが非常に簡単にできるようになった。

これから、のち100年王者ビヨンが登場するが道具の革新的な進歩と相まって、ループやグースクリリュー 新技がつぎつぎ出てきた。
道具の進歩がなければいまのような技は、出来なかったと思われる。
また、プロダクションでは、コースレースの新ボードが次々出てきて、ミストラルマリブとかファナティックのキャットなんかが人気であった。
キャットは、Vアウトのボトムで早く、しかも良く曲がる板だった。
このでか板で番犬はウェイブをやっていた。
この辺は、1984年から1985年にかけての話である。
いまじゃ、コースレースなんて誰ものって無いねね、七里では。。
創生期の道具は懐かしいけど使いにくい代物ばかりだった。

だけど、2Wでオーダーしたウイングフイッシュは今でもすご板として脳裏に焼き付いているのだ。。
その残骸は今でも番犬の小屋に眠っているのだ。


解説(JFN)
昔の道具は今考えると、乗りにくい道具だったんですね。ウインドサーフィンはまだ歴史が浅いから、この3〜4年でもどんどん道具が進化している。金がいくらあったても足りない。

No20(5月21日更新)

波乗りのルール


今年はなんと5月に台風のうねりが来襲し、そこそこグランドスゥェルが珍しく入った。

最近のロングボードブームに乗り、朝から結構サーファーが七里にも押し寄せている。
波乗りのルールは、審判がいるわけでもないので暗黙の了解で優先権が与えられ、大抵一番沖から乗ってきたやつか、ピークから乗ったやつかが優先権を持つのが常識である。
しかし、波が小さいときはだいたい一つの波に3人以上テイクオフする場合があり、なんとも波乗りというにはあまりに過密過ぎる状況であるときが多い。
湘南は、東京からも近く週末はビジターでごった返すことも仕方がないことだが、やはりある程度のルールとほかにローカルにリスペクトまで行かなくても注意というか挨拶くらいあってもいいわけでね。

昔は結構とんがった世代がいてかなりビジター排除という感じであったが、その排除していた世代も商売としてサーフ業界にいたり、プロになったりと今度は相手は客になったりして、今ではやさしくなってきている。
それでも、じいじい連中は今でも我が物顔で波乗りをしており、まぁ、それらのしもべは、仕方がないね、、といった感じでこれまた黙認しているのだ。
永久に波乗りポイントを仕切るやつなんているわけないし、その時代にたまたまそこのポイントの主みたいな人がいるけど、これも結構いい加減でね。
だから、ルールは守っても、いちゃもん付けられることもあるようだが、たかが、海での出来事だから、まぁまぁということになってしまうことが多い。
しかし、我々社会人としてひとたび考えると、結構その主と言われる人より世の中では認められていたりすることもあり、陸に上がると形勢逆転なんてこともあるわけでね。。
だから、やっぱり人間偉ぶったり、貶したりしてはいけないなんて近頃特に思うのである。
いつも、混雑したポイントを見ると思うのである。みんな仲良くね。。

解説(JFN)
先日も混雑したポイントで若いショートのにーちゃんがロングボードのおじさんに文句を言っていた。ロングボードに波を取られるのが気にいらないらしい。そのにーちゃんの気持ちはわからんでもないが、汚い言葉で罵るのはイカン。譲り合いの気持ちで乗らんとね。

No19

新年度で思うこと。。

今年も新年度が始まり、就職、入学などいろいろと人生の新しい門出があった人もいただろう。
番犬は、もう、15年以上も前だが、社会人として行きたくもない今の会社?へ入社した。
忘れもしない1985年3月26日、この日湘南はドン吹きだった。前日卒業式で武道館へ行って、六本木でがぶ飲みし、たしか石田純一あたりと遭遇した 記憶があった。
その早朝、風が吹いていると情報、恐らく学生生活の乗り納めということでピエールといっしょに材木座で乗った。。
ウイングフイッシュにたしか3.7くらいで乗っていたはずだ。
アンプロのマスト使って、ブームはサーフエンジニアリングだった。今はどっちも廃業してしまったが、、、
その夜、ビッグウェンズディーを見た。
オープニングの曲を聞いただけで、今まで楽しかった海のみのどっぷり生活から、社会に出ていく寂しさというか思いとリンクして感慨深いものであった。映画を見た人ならわかると思うがジャックが志願兵で海を離れることになり、乗り納めをして何年かのちに帰ってくる。。
丁度会社に入るというのは、志願兵みたいなもんであった。
結局、 その後まさに志願兵のような?過酷な労働に従事した番犬は海と約1年離れることになった。
しかし、ビッグウェンズディーは、でか波に親友3人が集う最後のシーンは、まさにサーファーマインドを良く掴んでいる。。
吹いたらはずせない、という思いとこれまたリンクするのだ。。
そして、どさ周りした番犬 は、また湘南にしぶとく戻ってくるのである。
新年度にいつも思うこと、それは、人生長い目に見ることだ。やりたいことだけやるというのは、動物と同じだ。
やりたくないことをさらりとやりぬくぐらいの生命力や行動力がなければ、本当の物の本質はわからないし、ビッグには
なれないものだということ。。
そして、いつも海は待っていてくれるということ。。必ず、そこにいるのだ。
母なる海。疲れ切ったら、ぷらっとおいで、、と海が言ってるようだ。。
これが、番犬の海なのだ。。そして、今もまったく同じ浜で、同じようにでかい体が波に乗っているのだ。。

解説(JFN)
学生時代の自由な生活から一転して社会人として生活。そのまま海に来なくなってしまった人もいれば、長年海に通ってる人もいる。マウイに卒業旅行にオズマやピエールと行った。マウイでの一番最後の日は夕方まで、波に無心で乗った。学生としての自由な生活がもうこれで終わるかと思うとなんだか寂しかった。あの頃はもう戻らないのだ。