第4章(死闘編)


No30
番犬大病す

 巨漢番犬、、誰もが病気に縁のないやつだと思うだろうが丁度3年前、この番犬はなんと藤沢市民病院の病床にいたのだった。ここでは、健康の大切さ、決して人生の目標ではないが健康でないと何にも出来ないことを実体験することで改めて人生観を見出した番犬入院顛末を語ろう。
番犬は、元々頭のいい方ではなくどちらかというと、本能派であった。しかし、丁度JFNの結婚式の2次会から悪夢の病魔が番犬の頭を直撃したのであった。
 そう、なんと脳腫瘍だ。おいおい、どうせできるならもっと簡単なところにできてくれよ、、と言いたくなるけど、よりによって脳とは、、過去にあの広島カープの津田投手が脳腫瘍で逝去しているのだ。これは、シャレにならんということになったが運命というのはわからないもんだとつくづく思い知らされたのであった。
初めは、強烈な頭痛、目の裏がハードにノックしているのだ。そして、見る見るやせて衰えて半年後には、色は白く病弱な番犬というより、老犬のようになっていたのだ。
 原因がわからず、半年経ったある日行き着けの整形外科の医者から、番犬さん、あーたこりゃ、ちょっと他がいかれてるんじゃないか?と言われたのだ。他?、どこ?ははっ、頭じゃないかと。。番犬さん、一回脳神経外科へ行かれたら如何かと。。
 おいおい、冗談じゃないぜ、これ以上頭が悪くなったら犬以下だぜ、、なんて、言いつつ、梶原にある阿部脳神経外科に行ったのであった。
そこで、驚くことに院長の阿部先生はおい、番犬君、あんたー、このままじゃ長生きしないよ、、と宣っただ。こいつには、まいった、、なんとまだ若いと思っていたらいきなりお迎えが来るということ、、死神さんがこっちゃこい、こっちゃこいといってるようなもんだ。まぁ、しゃーないということで、でわ、さいなら、というわけにも行かず、とりあえず医者の話を聞くことになった。そしたら、なんと脳の一番深いところに腫瘍があることがわかり、鼻の骨をバキバキ削って、摘出するということになった。しかし、えらいところにできたもんだ、、やり方というと、歯茎から、メスいれて顔の皮をべろべろと剥くらしい。さらに、骨をドリルでガーガーガーと削るそうだ。成功率は、と聞くと運がよけりゃ生きてるとのこと。なんだい、最後は運かなんてことになったのだが、まぁ、そんなことで緊急入院と相成ったのである。これから、地獄の入院生活が始まるということで、なんともいえない死のロードがスタートしたのであった。
解説(JFN)
この頃の番犬は、だんだん痩せてきて顔も別人のように変形してきていた。誰が見ても変なカンジだったが、元から変だったから全然気にしていなかった。しかし、その巨体内部ではあきらかに病原となる腫瘍が怪しげに成長していたのだ。そしてある日、番犬が入院したと聞く。いったい番犬に何が起こったのだろうか?!!!



NO31
脱獄囚番犬

それから、あっいう間に入院となった。脳外科の病棟は、さしずめフランケン君の集まりでまともなやつが、まともに見えないほど壮絶なところだった。
初めは、個室に入れられなんだかしらんが、やたら点滴を打っていた。あと、めちゃめちゃ甘いソーダ飲んだり、ちっこを採ったり、いいなり、いいなり、の日々が毎日続いていた。
そして、CTスキャンやら、ガゴガゴうるさいMRIやら、検査の日々が続いた。そんなこんなで、2週間も独房に入れられ様々な注射を打ったり、飯もほとんど食べずこりゃ、健康なやつでも病気になるでよ、、といった猛烈な検査態勢だった。これは、囚人だと番犬は感じとりあえず脱獄を試みた。
2週間後、一息ついた検査工程を見計らい、まずは散歩しつつ、だんだん病院が遠くなり、気がついたらタクシー乗ってご帰還である。まぁ、とりあえず一杯ということで、近くの居酒屋でたこぶつで、ビール、、いやいや、娑婆はやっぱりいいぜーー、なんて思いつつもう、一杯。さすがに、なにも食ってなかったのですぐ酔っぱらい、自宅へ帰ると、家族は唖然、、せっかく帰ってきたのに、またまた強制送還される。。こんなことを毎週やっていたのであった。
手術は、7/7七夕に決行することになった。その前に、カテーテルを股ぐらの動脈から脳まで通して脳の欠陥と血管をみるため、造影しながら、CTで観察したりした。なんと、体毛を全部剃れという、とくに、ポコチンあたりは入念にという看護婦のねーちゃんからのコメントを貰う。ぞりぞり剃って、さて検査、剃り剃り検査だ。。番犬は、ねーちゃんへすかさず片玉無料サービスをして上げた。風呂は、いつも午後に入れたがようもないのに、ねーちゃん呼んで無料サービスしてはからかっていた、、そこで、片玉さんなんて、ありがたくないあだ名までもらい、入院生活も慣れてきたのであった。

解説(JFN)
転んでもただで起きない番犬の性格がよく出てますな。しかし、壮絶な手術がこれから待っているわけだあ。精神状態も普通でないだろうなあ。ところで片玉無料サービスって何?


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手術前日


いよいよ、明日は手術というときに、執刀医と打ち合わせをした。家族も同席で手術の詳しいやり方を聞いた。おいらは、恐らくずたずたな顔になるだろうと思いながら、とりあえず最後まで聞いたあと、一言執刀医に申し上げた。
おいらはプロとしていままで困難な仕事を仕上げてきた。あんたもプロだろ、こんな程度の手術は、成功して当たり前だ、気合いいれてよろしく頼む、、番犬のでかい手と執刀医のやさしいいかにも器用そうな手ががっちり握手され、おいらのプレゼンは終わったのであった。
その晩、麻酔医やら、看護婦のねーちゃんなんかが、訪ねに来て明日の説明をいろいろしてまぁ、まな板の鯉といった感じで、うまく料理してね、といったことで就寝を迎えた。
同室のフランケン君たちも、番犬さん明日だね、今度会うとしたらうまく行って1週間後だね、なんて、もしかしたら、裏口だったりして、、ははははっ、おいおい、裏口から霊柩車か、、なんて冗談いいながら寝たのであった。深夜にねーちゃんが懐中電灯照らしながら巡回に来て、番犬さん、と呼ぶ、、おーー、なんだ最後にやらしてくれんのかと思ったら、なんだぐーぐー寝ていたんだだって、、睡眠薬でも欲しい?なんて、おいおい、そんなことより、いっしょに寝ない?と誘ったら、金輪際心配しないとご立腹のご様子。シャレのわからんねーちゃんだった。。。

解説(JFN)
こうなると、もうでかいセットが自分の目の前でブレークしてしまった気分ですな。後は野となれ山となれ。Go for it!でも、やだよねえ。手術って。怖いですねえ、四谷怪談より怖いっす。医者に説教するあたりは番犬らしいね。


NO33
復活の勃起

朝を迎え回診に来た執刀医は、順調に経過しているとのことを言い残しさっさと居なくなり朝飯は、かゆが食べられるということになった。
ひさびさの食い物だ、と思いただ、流し込みながらでも食べられる偉大さを噛みしめたのであった。
そのあとは、なんと体を洗うということになり、なんか白い泡をごってりつけて新入看護婦と学生なんかの研修も兼ねて番犬を洗うのである。
体を洗うことになった番犬は、そのきめ細かい白い泡をまだうら若き看護婦の白魚のような指でやさしく揉みたてられるのであった。。。なんて、なんかの官能小説じみてきたけど実際は、竿には管がいれてあって、勝手にお茶が垂れ流し状態になっていたのだ。しらないうちに、竿に管を入れられてへんてこなお茶入れバッグを携帯している姿は、なんと40年後の老犬番犬を見るようであった。。しかし、ねーちゃんの テクニックは、抜群でおいなりの裏から、なんと菊ちゃんまできれいに揉み立てられこれが、プロの技?なんて思いながらコスプレなんか問題じゃないぜーー。。こっちは、ものほんだーー、と一人ほ くそ笑んだ。。しししししかし、まずいことに竿が反応し始めると、管が入っているので痛いこと、、、ありゃ、拷問だ。。痛い、でっかく行きたい、、痛い、でっかくなりたいの繰り返し、しまいのには、萎えてしまったのだ。
歯磨きもねーちゃんがや さしくやってくれて、こりゃじいさんだったら冥土のみやげじゃなんてよろこんで逝ってしまうほど完全看護であった。。ただ、交代制でやたらねーちゃんが変わるので、あーー、やっぱり花びら3回転はいい、、なんてなぜかピンサロICUとかあり そうでいいなーとわけのわからんことを考えていた。ねーちゃん呼ぶときも100円ライター付けてボーイじゃない、医者呼んだりしてねははっ、ボーイさん点滴追加ねなんて、、、お客さんよく打つわね、点滴、、そんなことを考えながら手術3日目
の 朝、このピンサロICUから脱出の許可が出たのであった。
復活への日々ピンサロICUから出た番犬は、個室に移動した。例の患者キャリアに乗せられて、、

解説(JFN)
うーん、手術というのは怖いのか羨ましいのかよくわからんようになったきた。しかし、どんな逆境でもささやかなシアワセを見出しそれを堪能する番犬というのは真の湘南スタイルといえよう。



No34
ファイナル

当日は、快晴でいやいや外出たら暑いぜ、というような7/7であった。
番犬は、ストレッチャーというようは、患者専用のキャリアに乗せられいよいよ勝負の時を迎えた。
なんと、下着はへんてこなふんどしみたいなもんを着て、すぐご開帳できる状態で、取りあえず集気麻酔をしているうち、番犬さん、、どうですか、、な んて言われているうちに闇の中に入っていった。。。。。。。。。。
それから、どれくらい経ったのだろうか、、、闇の中から、おーーい、こっちこっち という声、、見るとでかいグラッシーな波がラインアップしている。面つるじゃんな んて、、
誰もいないし、、ところが、空から天の声が、、、番犬さん、、、もしもしも
し、、と、、なんだこの声は、、目を開けてください、、、と頭は、ぼーーーとしており、 なんとか、目を開けようと、、ぼんやり、、執刀医がこっちを見ているのだ、あれれ、生きてたのね、、、
周りを見るとなんだかたくさんの人がいるようだが、良くわからん、、、ふと、のどがからからなのに気づき、何か話して、、の問いに、ビールの冷たいや つ、、 とか、わけのわからんことを叫んでいたようだ。立ち会った家族は赤面していたよう だった。しかし、内蔵がすべて麻痺しているようで何も口に入れられないことがわかり、地獄ののどの乾きとの戦いであった。それに、なんだかピコピコやたら耳障りな音が室内を包んでおり、いったいおいらはどこにいるのかわからなかった。
その日の深夜、やっと目が覚め回りを見るとあの有名な?集中治療室ICUにエントリーしていたのがわかった。すげーー、うわさに聞いたICUだぜーー、なんて、思いいろんな機械を見渡した。計器類は番犬の親指、胸、頭、それに腕、口となんだか人体実験でもやってんじゃないかというほど、てんこ盛りで動いたらみんなはずれそうな感じたった。
何を計測しているのか、ひとつずつ自分で、外してみたりした。そのたびに、ねーちゃんが吹っ飛んできて怒られた。またまた、その度にどこを計っているか聞くことにより何をしているのかだいたい把握できたのであった。麻酔が覚めるのは内蔵などを含みだいたい半日から一日はこういう状態になることがわかった。従って、点滴が生命線ということで四六時中打ちまくっていたのであった。 そして、そのうちねーちゃんが氷を持ってきてなめさせてもらった。これが、うまいこと、、ゆっくりなめるように、の指示を無視してがりがり、ごりごりかじってい た。しかし、歯茎をぶち切っているのでしみること、、静かなICUに番犬のがりが りの音だけが、響き渡っていた。。。迷惑な患者ね、、なんておとなりの付き添い
か なんかの人が宣っていたが、、そのうち、それがすすり泣きに変わり、、お隣さんはその朝裏口からお帰りになったことを知った。。その日に入っていたICUエントリー者で娑婆に戻ってきたのは数人だった。まったく、すごいところだ。
解説(JFN)
申し訳ございません。手術当日の原稿が抜け落ちていました。ということで話は前後しています。今回の写真は番犬の素顔大公開!!!。この顔奥底にメスが・・・・・無事でよかったね、番犬さん!


No35
個室での復活劇

そこは、最もやばい患者が入るという個室なのだ。だいたい、病院というのは病棟毎 にナースステーションがあってそこから一番近い個室が最もやばい患者が入ると決まっているらしい。
番犬はその最もやばい個室に入ることになったのだ。。おかしなことに、点滴だけで1週間ちかく生きている不思議とやたら、お茶がでるのだ。それが煎茶のような感じでじゃーじゃーである。このころは、まだ、酸素吸入器を付けたままであったが、個室に移された夜には取って良いことになった。しかし、まだ、顔 はめちゃめちゃで、鼻の周りはミイラ男のようである。息が口しかできないので、鼻つまりの感じひどい蓄膿みたいだった。。だから、飯の味がまったくしないのである。食事をするのにこれほどわびしいものはないのだ。味がないものを食べるという のは砂を喰ってもうんこ喰ってもおなじなんだよね。臭いもわからないから、、こんな状態がさらに1週間ほど続いていた。
 まだ、竿には管が入っていて寝たきりの状態だった。しかし、復活を一日も早くした い番犬は、密かに腹筋とスクワットをはじめたのであった。酸素吸入しながらの腹筋はなかなかよかったが、スクワットはさすがに竿管がじゃまなのと、常に看護婦ねーちゃんがテレビカメラから監視しており、すぐ寝るように指導されるのであった。番犬さん、いい加減にしてよ、、まだ、体力付いてないし、危ないですよ。。。と、、番犬は、竿管を早く取りたいので、主治医にお願いしやっとトイレまでの歩行を許してもらった。医者は、くれぐれもゆっくり歩いて、ゆめゆめ病棟からは出ないでください。。と言われた。そして、晴れて番犬は久しぶりに、歩行を試みた。なんと立てないのだ、、ふらふらしていて、立てないのだ。。。おいおい、冗談じゃ、ないぜーー、、やはり、2週間近く食べてない、寝たきり、手術によるダメージは相当なものだった。。
解説(JFN)
そりゃあ、そうでしょ、大きな手術をして、しかもそれが、頭の奥の手術なのだ。歩けないのは当然です。この間、付き添いで夜中に病院に行ったのだけど、もういろんな人がいる。その中に肩を脱臼したにーちゃんが来ていた。そいつは、病院中に聞こえるくらいデカイ声で、イタイ、痛い、いたーい!とわめいていた。それも30分間以上。健康なオレでも聞いてるだけで具合が悪くなりそうだった


いくぜ神社。。

歩行許可が下りた午後、もようしてきたのでやれやれ、トイレに行くかとゆっくり立ち上がり個室の外へ出た。丁度高校野球がテレビでやっていて、あーー、予選が始 まったんだなと一言呟いた。番犬も高校球児のころがあった。。。いまじゃ、歩くのもままならない、、、人生とはまったくわからんもんだとふと、テレビを見て思ったものだ。
トイレに行く途中にエレベータがあって、このふらふらは血糖値上げるしか ないと長年スポーツで養った復活心が少しずつ現れ始めていた。とりあえず売店までいってみっか、、となにこどもなく売店は行ってみた。たくさんの患者、見舞客がいておーー、ひさびさのラッシュを見るようだ、、なんてなんでも、新鮮に見えるのだ ね。。そこで、板チョコ、そうう、できりゃいちごのチョコだろ、、なんて探していたら、どっかで見たおっさんが、こっちを見ている。。。なんだ、番犬にようがあんのか、、と気にもせずレシ゛でチョコとあめをごってり購入していたら、肩を叩かれた。番犬さん、トイレまでといったでしょ?おーーと、主治医の先生か、、どっかで見たと思った。。。すかさず、いや、トイレに行こうと思ったらたまたまエレベー タがありましてなんだうろと思ったら下に行くというので、気が付いたらここにいた んです、、、なにをいってんだか、、、、、
それから、毎日主治医と番犬の化かし合いみたいなもんで、理由つけちゃ売店行ったり、病院内を散歩していた。特に、階段の上り下りを黙々と続けた。腹筋、スクワッ トも始めたころ、ばったりピンサロICUで世話になったねーちゃんに廊下であった。あら、番犬じゃないですか、、もう、歩いていいんですか??すごい回復力ですね、、、おめでとうございます。。と、、、回復力は体力だけじゃないけどね、、なんて思いながら、、番犬は拳を握りしめガッツポーズしていた。
そして、いよいよ近くにある神社までの散歩を決行しようと思ったのであった。回診は、午前10時、昼間で検査があるが午後1時から3時はだいたいノーマークなのだ。そこで、くそ暑い夏の午後、病院の正門から堂々と寝間着姿で立ったのであった。この頃は、大部屋に移されマークはかなりはずされていたのが救いだった。しかし、ピンサロICUから良く短期で来たなという実感があった。歩けない時にはこの正門がとても遠くに感た。。しかし、ここまで、来られてしかも、神社までの散歩まで行ける状態になっ た。気合いだーー、、そして、暑いがとてもすがすがしい神社までの散歩、、、神社でお参りして、コンビニで雑誌買って戻る。。この日課を退院するまで続けた。そして、神に感謝した。。。
解説(JFN)
脅威的に回復していく番犬。やはり、早く治りたいという精神力こそが特効薬となるのであろう。健康である事がつづくシアワセな事なのだなあって思います。感謝、感謝。


No37
顔には血糊。。

手術2週間後、顔の包帯を取ることになった。やっと、鼻で息ができるかと喜んでいるとなんと、鼻から頬のかけてびっちり血糊だ、、しかも、皺が一直線に残っていた。
あとから、聞いたが約6時間以上手術をしていた間ずーと、皮を剥いでいたのでそのため、皺が付いたようだった。しかも、歯茎から溶けだした縫い糸が固まって剥がれて痛いのだ。こりゃ、ルパン3世の変装みたいに皮がべろべろと剥けることがなんとなくおもしろく感じたもんだった。
主治医は、順調ですね、、と、どうですか?番犬さん、入院は?と何を今更と思い、ハイ模範囚に徹してますと答えたら、いやーーな顔して行ってしまった。それにしても、このころから、なんで入院しているのに、番犬さんは色が黒いのか?という疑問が看護婦のねーちゃんから出てきて、毎日神社散歩がばれてしまったのだ。
しかし、ここはねーちゃんにいろいろ楽しい話やら、男紹介するとか適当なことを言いながら、婦長への報告は免れたのであった。。。backside.jpg (38073 バイト)
無断で病棟を出るのは禁止だったことはこのとき初めて知ったのであった。。。
解説(JFN)
番犬の大きな顔半分に折れ目ができていたらしい。手術の時にそこまで皮をまくりあげて半分に折るのだ。。当然、手術後はそこに血が溜まり皺ができますよねえ。想像しただけでも、スゴイですねえ、コワイですねえ。それほどの大手術だったんですねえ。



No38
仮出所。。face.jpg (6049 バイト)

手術から3週間が立ち仮出所の許可が出た。いろいろな制約があって説明を受けたが覚えちゃいないーーー。。取りあえず、タコぶつにビールしかないでしょ、、と言うことで近くの居酒屋で出所祝いで一杯飲んで久しぶりの家での団欒だーー。
子番犬は、当時まだ幼稚園だったが、ことあるごとに番犬の身を案じていたようで、その下の雌子番犬は、入院した時はハイハイだったのが、出所した頃は歩いていたのだ。。やっぱり、子供と風呂に入ったり、ばか話したり、何気ない普通と言われることが新鮮に見えた瞬間があった。
大病もしてみるもんだ、、人間の基本とは何なのだ、、そんなことを充分考える時間が合っただけに、丁度人生半分過ぎた当たりで新たなるモチベーションを見出した番犬であった。やっぱり、娑婆はいいぜーーー!!ベイビーー
そして、週末を子供達を過ごし番犬はまた病院へ戻るのであった。気が付くともう、8月になる暑い最中手術経過を見るため、またまたCTやら検査をがんがんやらされていた。

解説(JFN)
健康である事のシアワセが大切なのはJFNも最近の過度な下痢体験で身をもって体験した。そりゃあ、番犬の生死を争うような体験とスケールは違うのだが・・・・人間はちょっとの挫折や悩みではへこたれてはいけないのだ。しかし、下痢体験の後は、今度はものすごくカタイ、うん○が出るようになってしまった。それで、また肛門がイタイぞ!。どなっとるんじゃ!ワシの腹。


No39
大部屋の仲間smallwave.jpg (17642 バイト)


脳外科の大部屋の会話は凄い。まずは手術時間の自慢がある。通称店長はなんと16時間の大手術を自慢げに話す。すると、いやいや半分義顔の山ちゃんなんかは、これで6回目の手術とか、そんなのばっかりで、そこいらの入れ墨者なんてへのかっぱみたいな頭から顔からブラックジャック先生なのだ。
そして、いろいろな神経をぶった切っているので神経が過敏になって痛いらしい。そこで、神経ブロックをやるのだ。これがまたまた凄い、なんてたって、痛いところから上を殺してしまうというもので、麻痺状態にするのだが、その注射がめちゃめちゃ痛いようなんだ。16時間店長はそのブロックをやられていた。その悲鳴が周りの笑いを誘い、死ぬよりましね、なんて生きてるから痛いんだね、と仙人のような会話があったりするのだ。脳出血のでかさんも慣れたもんで入院は3回目で死にかけたのは2回だと言ってカラカラ笑うのだ。死んだら終わりだけど一応生きているということで、また復活すべくリハビリをやっているのだ。
そんな大部屋にまた一人凄いのが入ってきた。これは、糖尿から痴呆症を併発したい−さんだ。なんてたって、人の話を覚えないからたまったもんではない。自己紹介を日に10回以上もやるんだよね。そして、ナースコールを覚えなくていつもでかい声で深夜に看護婦さーーーーーん、と叫ぶ、そして、看護婦が来ると決まって、、おしっこーーと叫ぶのだ。しまいには、しびんに出す時にも、いちいちでかい声で、、つまんでいただけましたか?とか看護婦に聞き、ハイハイと答えるとまたまた、でかい声で出します、、、と、そんなの聞きたくないぜ、、とみんな思っていた。しかし、やたらいーさんは、礼儀正しい方で言葉遣いが丁寧であった。。
まるで、動物園な大部屋はそれはそれなりに面白いところだった。

解説(JFN)

みんな壮絶な人生を歩んでおるのですな。やっぱり、そーゆう経験をしていると、ある程度悟りの境地になるのでしょう。人間そーでなきゃ、プレッシャーに押し潰されちゃうもんね。ワタシはこの週末、インフルエンザの予防接種を受けました。そんなもの打つのは、小学校以来だな。これで今年はインフルエンザにかかる可能性が低いわけだ。何だかひと安心。


No40

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長い入院生活も、退院ということで一応の終わりがやってきた。まだ、絶好調ということではなくあくまで、療養して社会復帰するということで、退院して からそらに、3週間ほど休暇をとっていた。退院は、芸能人のような花束貰ったり、看護婦からねぎらいの言葉ひとつあるわけでもなく、事務的に淡々と進んだ。支払いを済まし、ぎらぎら暑い日差しに身をさらした番犬は、いつもなら、もっと黒い肌にそがれる太陽光線の栄養を吸収しようとしていた。取りあえず、海だ。。海に行こう。。。いつもの七里に、、帰ろう。。。そうして、七里に戻ったのであった。。


復活、、、
退院してから、1週間が立った。自転車に乗ったりしながら落ちた体力を戻そ うとしていたが、早々戻る訳もなかった。しかし、やはり、海に入りたい。波に乗れなくても入ろう、、と、、小さいが、への字でなんとか乗れそうだ。。ひさしぶりのエントリーだ。ドナルドの板を持って、沖へパドる。そういえ ば、ビッグウェンズディーの一場面に、兵役から戻ったジャックとマットが、 海で再会するシーンを思い出しながら、ポイントに着いた。そこには、中学の後輩がたまたま居て、おひさしぶりです、、、なんて感じで 話しをしたところ、最近見なかったですね、、なんてことを言われて、実は1ヶ月前に頭の手術してね。さすがに、周りの連中は、頭切って、そんなに早 く海に入れるのですか?なんて、一番初歩的な質問が飛び交っていて、そう、ちょっと傷口が軋むときがあるのだが、、と、、、
しかし、やっぱり、海はいい、七里はいい、取りあえずぷかぷか浮いて、たま に、テイクオフして、のんびり波乗りしている自分に生きた心地がしたので あった。いつもの、七里の高台からとことこ海に向かうとき、もう、恐らく何千回と往復したその海の見えるプリンスの入り口当たりから、新鮮な感動が あったのであった。。。

解説(JFN)
やっぱり、海はいいのだ。番犬の壮絶なる入院も無事終了した。あの七里の坂は何度わくわくしながら下ったことか!確かに何千回と往復している。手術から3年後となったこの夏も、番犬は相変わらず海に浮かんでいた。そして、今日も番犬は七里の駐車場のどこかで吠えているのだ。海に入る事が最高の治療なのかもしれないざんすね。


No41

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そして、あとの2週間は、毎日海に入って会社復帰するころは、なんと例年と同じ褐色の肌に、心地よい筋肉痛を引っさげて通勤にしたのであった。。
後に、会社からはその肌の黒さが問題になったことは言うまでもない。本当 に病気だったの??と、、そりゃ、ねーー、なんか理由付けないと2ヶ月も休めないしね、全部療養じゃ、もったいしーー、、そうだ、いつもの番犬が、そこに居たのであっ た。。
波乗りはすべてではないし、健康は人生の目標ではないが、やはり、健康でないと何も始められないし、波乗りでも仕事でも、まず、体が基本であることは 言うまでもない。
どんなときでも、へこたれるな、、ということではなく、余裕を持ちたい。。人生、一回で、みんないつか死ぬわけで、自分の生きるモチベーションを常に明確にすることで、面白いことが魂にびんびん、がんがん響くのではないだろ うか。。もちろん、モチベーションは時代や背景、置かれた立場などにより、 日々変わったりすることもあるだろう。。。
いい意味で、開き直り、、、そして、投げ出さない精神力、、難しいかもしれないが、その基本が、湘南スタイルなんじゃないだろうか。。へらへらしているだけが、湘南スタイルではない、、個性と責任をパラレルにでき、変人といわれようが自分はこうである!!なんて、ことをへっちゃらに言える、また、自分もそう考えている余裕というか、開き直りその両方があって、この湘南独特のイズムがあるような気がする。。
いい加減、、なんだけど、良い加減で、、、だめな加減ではないのだ。。。
大病するとこの辺が分かるのだ。。だから、一回ぐらい入院して自分を見つめ直すのも良いものである。。。まぁ、しないに越したことないけどね。。。。。
そして、今日も波があれば、番犬は波乗りをするのだ、、おーー しゃーーー、、、、、頂き−−

解説(JFN)
壮絶な番犬の入院生活を無事終焉を迎えた。どんな辛い経験も苦しい体験も単純に落ち込んだり、苦しむのでなく、それを自分なりに消化し、それを取り組んで行けば必ずプラスの結果になると思う。そして、笑っていられる余裕があれば、それでOK。明日は明日の風が吹くのだ。